THE DIALOGUE 0001

岡田 茂

Chef / Producer

岡田 茂 (シェフ・プロデューサー)

東京・原宿のアートカルチャーを牽引するクリエイティブエージェンシー「en one tokyo」にて、本格派うどん店 「麺散」・ミュージックバー 「不眠遊戯ライオン」・「Tokyo Burnside」など数々の空間・飲食店のプロデュースを行う。

@_shigeru_

浅草生まれ、浅草育ち。

原宿を中心に、飲食・アート・音楽などの領域を跨いで、数々の人気店をプロデュースしてきた岡田茂さん。そんな彼がどのように今の活動に至ったのか、キャリアのスタートから話を聞いた。

「東京・浅草で生まれ育ち、サッカー漬けの毎日をおくっていました。ただ高校を卒業するときには、その先の進み方にとても迷っていた気がします。サッカーに熱中していましたが、卒業をしてからもサッカーを続けてプロを目指すイメージが湧かなかったんです。同時に洋服が好きで、 "go-getter" (現 N.HOOLYWOODのデザイナーである尾花大輔氏が立ち上げに携わったことでも知られている原宿の古着屋)というショップの世界観が大好きだったんです。サッカー選手を目指すよりも、この店で自分も働きたい。そういう感情が芽生え始めて、ファッションの世界への入り口を探し始めました。」

とはいえ、そう簡単に働けるわけではなく、まずは業界のキーマンたちとの繋がりを模索し始めたという。

「 "go-getter" は当時、人を募集していなくて。直接知り合う必要があったので、業界人が通うバーをファッション誌で探して片っ端から応募しました。その中の1店舗に運良くいれていただけることになり、まずはそこのバーで働き始めました。結果的に約7年ほど働き、最終的には店長にまでなりました。そこでは飲食の経験をさせていただきながら、自分が知らなかった東京のシーンもたくさんみることができました。」

その後、昨今のネオ居酒屋ブームの走りともいえる中目黒の居酒屋 "炉ばた 岡田龍平" や、寿司職人がつくる中目黒のフィッシュバーガー専門店 "delifucious" などのユニークなコンセプトの店舗を複数立ち上げた。バーテンダー時代から積み上げてきた繋がりが拡がる中で、いつしか業界人からも愛される人気店になっていた。

原宿という街を舞台に。

その後、知人の紹介で現在自身が所属するクリエイティブエージェンシー "en one tokyo" の仲間たちと出会ったという。

「同い年で同じ場所にいたはずなのに、自分とは全然違うタイプの人たちだったんです。彼らは、 "The Mass" ・ "BA-TSU ART GALLERY" といったギャラリーを原宿にいくつか持っていて、アート関連のビジネスをしていました。私の当時の感覚からすると、儲かるかどうかもよくわからない不思議なことを仕事にしていて、趣味も性格も全く違いました。ただ、一緒に遊んでいるのが不思議ととても心地よくて。出会ってからはすごいスピードで意気投合していきました。」

"en one tokyo" に参加してからは本格派うどん店 "麺散" や、ミュージックバー "不眠遊戯ライオン" など、本格的なつくりでありながら、ユニークなエッジを感じることのできる空間を原宿でいくつか手掛け、海外からも多くの人が訪れる、東京を代表する人気スポットを次々に生み出した。そして新たに、岡田氏らが立ち上げたのが "Tokyo Burnside" だ。

Tokyo Burnside

ブラックを基調としデザインされたそのスペースは、原宿・キャットストリートのコンビニエンスストアの上にある。 "en one tokyo" が、ニューヨークのブロンクス地区を拠点とするフード・デザイン・アート集団 "Ghetto Gastro (以下:ゲットー)" 、ノルウェーの建築スタジオ "Snøhetta" などとタッグを組み原宿に誕生させた、食をテーマにしたプラットフォームだ。

「色々なイベントに携わる我々 "en one tokyo" にとって、より自由かつ実験的に活動ができ、ケータリングなどにも対応できる形で料理を提供できる場の必要性が高まり、構想し始めたスペースです。"麺散" や "ライオン" もそうですが、我々がやるからには料理はもちろん、建築や内装などのハードのところまでしっかりとつくり込みたい。そんな中、ゲットーのチームと出会い、東京とブロンクスのカルチャーをミックスしながら、キッチンとテーブルの境界を取り払ったオープンな空間をつくりました。 "麺散" は老若男女のためのうどん屋さん。一方で "Tokyo Burnside" は身近な人たちにまずは遊びにきてもらえるようなクローズドなスペースをあえて目指しました。今の時代、飲食店は流行ってはすぐに消費されてしまいます。時間をかけて少しずつ拡げていき、長く愛される場所にしたいんです。」

黒を基調とした内装。Ghetto Gastroは「Black Power Kitchen」という料理スタイルで知られる。

焼杉や居酒屋の提灯を彷彿とさせる照明。

東信 氏によりデザインされた花の彫刻。

愛し続けられるものをつくる。

数々の新たな企画を実現している岡田氏は、どのように新たな店舗を構想しているのか。そのプロセスについて尋ねてみた。

「原宿には今、何が必要か?自分はどんなお店に通いたいか?そういうことを考えて、基本的には企画をします。自分自身も毎日原宿に通いながら、夜も行ける美味しいうどん屋があったらいいな、と単純に思っていました。ただ、普通にうどん屋をやるだけではつまらない。僕らがやるなら、と和洋折衷というようなコンセプトも交えながら、アートやストリートのカルチャーが感じられる良質なつくりの店舗をつくってみたところお客様にも受け入れていただくことができました。また、私はお店をつくる際にまず場所から探すんです。その建物の立地や内装の雰囲気を実際に感じながら、ここだったらこういうことができるかもしれない、と想像して具体的な場所を決めてからどんな体験を提供するかを考えています。」

「どれくらいの人通りがある場所で、周りにはこんな人が多いから、このお店はこうしよう。そんなことは全く考えません。自分がつくったお店を好きでい続けたいから、自分がやりたいかどうかを一番大事にしています。 "麺散" は開業から6年ほど経ちますが、いまだに自分が一番お店を好きな自信があるくらいです。」

古き良きもの。

最高の体験をつくり続けるために、大切にしていることを聞いてみた。

「古き良きものの価値を段々と理解できるようになってきた気がしています。古くから続いているものにはそれ相応の価値や理由があります。東京の真ん中でなくても、地方には魅力的な場所がたくさんあるから、遥々遠いところまでよく足を運ぶんです。その店がずっとその街にあり続ける。お客さんは変わりながらも、その街を支え続ける。幾多のピンチを乗り越えながらもやり続ける。そしていつの日か、そのお店が観光地になって街全体が盛り上がる。そういうことをするには長い間、ひたむきに同じことを続けていないとならないし、それを体現しているお店の皆さんの姿や、その空間の雰囲気には毎回心を動かされます。自分の足で出向いて、肌で触れる。自分だったらこうするのに、ということも考えながら自身の中に蓄積していく感覚です。そしていざ自分で何か新しいお店をつくるときには、その経験の引き出しの中からエッセンスを集めていくようなイメージで、1つのお店を形にしていきます。」

個人から、チームへ。

たくさんのヒットを生み出している中、岡田氏はこれから何を目指すのか。

「今までは僕がやりたいことだけをやらせてもらっていました。まだまだやりたいことはたくさんある。ただ、このままそれだけやっていていいのだろうか、ということも最近は考え始めています。一緒に働く仲間にとってはそれが最善なのか。僕は好きにやらせてもらっていたが、他の仲間にも同じようにやらせてあげる方がいいのではないか。それとももっと働きやすく、あるいは稼げる環境をつくってあげるのがいいのか。そういうことをよく考えます。飲食という仕事は、転職や退職も当たり前にある業界です。もしずっと一緒に仕事ができるならばそれは本当に嬉しいこと。仲間と一緒に、新しいものを生み続ける。僕にとって、40代の大きなテーマはそういうことだと思います。」

「これからは、(点と点)を(線)で結んでいくフェーズ。あと100個、200個と好きなことをやっていくために。」